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頑張らない介護へ。。
同居していた義母が硬膜外血腫で入院したのは
もう何年も前のことになります。

畑に行くと出て行ってからしばらくして
近所の人が「おばあちゃんが倒れた」と呼びにきたことを
昨日のことのように覚えています。

三か月ほどの入院生活で義母の痴呆も進み、
全く立てない、支えがないと座れない状態になってしまいました。

病院の先生や看護師さんたちからは
『家で介護するのは大変だから、、』
と、転院を勧められたのですが
どうしても家に帰してあげたくて、在宅介護を選びました。



やっぱり私も、最初はとても不安でした。

 在宅で、、とは決めたものの、いったいどうしたらいいんだろう?
 手続きとかはどこで何をしたらいいの?
 在宅で介護するのに必要なものって、、??
 費用はどうしよう、、、

わからないことをわからないままグルグルと思い悩んでいても
不安は募っていくばかり(^^;

たまたま友達が介護士をしていたことや
病院で同室だった、我が家のおばあちゃん以上に大変そうな方のお嫁さんが
とっても前向きな自宅介護をされていて
『病院よりも家にいてもらった方が安心だし楽なのよ♪』
と笑顔でおっしゃっていたのもあって
私の心構えもどんどん前向きになっていきました(^-^)



☆おばあちゃんが帰ってきてから心掛けたこと。

 1.誰になんと言われようと、『介護は大変』と思わないでいよう。

   大変かどうかなんて、やってみなくちゃわからない。
   (『認知』の仕方でこんなにも人間は気持ちが楽になるんだなぁと、身をもって知りました)



 2.自分で何もかもやろうとしない。
   家族みんなで介護しているんだという気持ちを持ってもらう。

   退院する前からそのことについて家族としっかり話し合いました。
    (介護の担当チーフ(笑)は私だけど、皆もその時にできることをやってもらう)


 
 3.自分や家族だけで何もかもやろうとしない。

   仕事を辞めておばあちゃんの介護に専念しようか、、と迷いましたが
   デイサービスやヘルパーさんを利用させてもらって、私は仕事を今まで通り続けることに
   しました。
  
   おばあちゃんの口座から費用を引き出すことができなかったので
    (キャッシュカードがなかった)
   介護費用はすべて夫と私からの出費になりましたが、
   それでも今までとなるべく変わらない時間を過ごせたことは
   精神的にものすごく良かったと思っています。
    (お金を取るか、精神的な安定を取るか。介護は先の見えない長期戦です。
   精神的な安定を取った方が必ず勝ちます! (^.^)/~~~) 



 4.おばあちゃんにも我慢してもらうときは我慢してもらう。

   これが一番大切なのではないかと私は思っています。
   介護する側が『100%自分の責任で頑張ろう』と思ってしまうと、
   いつしか『被害者意識』が芽生えます。

   介護は自分のやったとおりの成果がなかなかでないものです。
   育児とは正反対の方向へ進んでいくものだ、、と思っておいたほうがいいかもしれません。
   いつしか、『こんなに私は頑張っているのに』という感情が生まれ、
   それが『どうして私ばかりこんなに辛い思いをしないといけないの』という感情に変わり、
   体の事情で立つことも座ることもできない人に『もっと頑張ってよ、自分のことでしょう!』
   と一瞬思ってしまったり、
   認知症の進んでいく人に、『どうして私の言ってることがわからないの!』
   と感情的になってしまったりしてしまいます。

   これらは全て、100%自分の責任で頑張ろうとしてしまった結果の
   『被害者意識』からきているものです。
   介護をしようと決意したとき『私にできることはやろう』と決めたのは自分のはずなのに、
   いつしかそれを忘れてしまいます。(でも、それは無理もないことですよね)

   自分が『被害者意識』に支配されない為にも、
   介護される側の人にも我慢してもらいましょう。
   デイサービスを嫌がる人にも我慢して行ってもらいましょう。
   オムツなんて嫌だ!と言う人にも我慢してもらいましょう。(オムツをとってしまう人用の
   パジャマもあるそうです。 ※頑張れば介護用トイレに座れそうな人には頑張ってもらい
   ましょう。それでも夜はなるべくパンツ式オムツにしてもらうといいと私は思います。) 
   ショートステイ(短い期間入所させてもらえる)にも我慢して行ってもらいましょう。
   心に罪悪感を感じてしまうかもしれませんが、それはそれとして大切にして、
   それでも我慢してもらいましょう。



 5.何でもいいから『よしっ♪』と思える何かを持つ。

   わかりにくいですよね(^^;
   えーっと、私の場合なんですけど
   『紙オムツをいかにまっすぐ正確にあてることができるか』ということにこだわって
   上手くいったときには『よしっ♪』とガッツポーズをしていました(^-^)
   なんでもない単純なことなんですけど、たったこれだけのことでオムツ替えが少し楽しく
   なりました。
   それと、『いかにお値打ちで横漏れの少ない夜用オムツを入手するか』にもこだわりました。
   いいものが見つかったときは『やったぜ、ベイベー♪♪』という気分になりました(^-^)
   そんなことを毎日聞かされる夫はどう思ったか知りませんが(笑)、介護でくたびれて
   いつも毒を吐いてるみたいな奥さんよりもずっと良かったんではないかな。。と思います。




介護する側の被害者意識からくるイライラは、必ず介護される側にも伝わります。
そうなると、認知症の人はとくに症状がひどくなったりしてしまいます。
悪い感情の悪循環で、皆が被害者意識を持ったまま
なんとも暗く重たい毎日になってしまいます。


要はバランスだと思うのです。
介護される人も含めて家族全員の『持ちつ持たれつ』だと思うのです。
そして我慢してもらったら『ありがとうね』という感謝の気持ちを持つこと。
それがとっても大切です。

嫌がる人に我慢してもらうなんて、私にはとてもできない、、、と思う人がいるかもしれません。
でも、その考え方(認知の仕方)をほんの少し変えてみると
噛合わなかった歯車がうまく回りだすこともあるのです。



やらずに苦しむより、やってみてから考えてみませんか?
それでどうしてもダメだったら、またそのときに考えればよいのです。

ケアマネージャーさんや介護士さん(百戦錬磨のプロです♪)に
どんどん相談に乗ってもらいましょう。
インターネットの掲示板で同じような状況の人と話してみましょう。
介護問題も扱っているカウンセラーに気持ちを聴いて貰うのもいいと思います。



『こうしなければいけない』
『こうであるべき』

という気持ちをほんの少しとっぱらってみませんか?
それだけで随分気持ちが楽になって、あなたの笑顔でいる時間が増えます。

あなたが笑顔で接することが、
良い介護の一番の得策だと私は思うのです(^-^)







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【2012/12/10 01:13 】
介護
恋愛の神様   ~2005.10月のブログより
恋愛のはじまりは楽しい。

輝くような季節を、いつのときも自分に運んできてくれる。
その人と出会えたことの嬉しさで胸がいっぱいになって、
自分で自分を抱きしめてあげたいくらいになる。

その人と一緒にいられるだけでドキドキときめいて
その人の声を聞くだけで心が温かくなり
その人にかかわる全てのものに触れるだけで
なんて自分は幸せなんだろう。。と心からそう思う。

恋愛は、世界中のものすべてをバラ色に変えていく魔法のようだ。



>>>


でも、
『恋愛の神様』は、いつもいつも優しいわけではなくて
悲しみや孤独も一緒に運んできたりする。

先の見えない恋をしている人もいれば、
始まりの頃のときめきがなくなって
この恋をどうしようか思いあぐねている人もいる。
相手の心が見えなくて、悲しい思いをしている人や、
叶うことのない恋を選んでしまった人もいる。。。

楽しかったはずの恋愛なのに
いつのまにか悲しみや孤独や苦しみに変わっていってしまうことを
きっとたくさんの人たちが知っている。


でもどうか、
『その人を好きになったこと』を、悲しまないで。
あなたが人を好きになったこと、
悲しかったこと、孤独に思ったこと、苦しいと感じたこともすべて
後悔しないで。

あなたが自分の意思で
その恋をどうしていくのか決めたときから、
きっとその恋は、あなたにとっていいものに変わっていくよ。
たとえ終わってしまう恋でも
始めることさえできなかった恋でも
きっとあなたを素敵な人にしてくれる。


これでもかって言うくらいたくさん泣いたら、
さあ、涙を拭いて。
この恋をどうするか自分の心に決めていこう。
そして、立ち上がろう。

『恋愛の神様』は、立ち上がろうと心に決めたときから
あなたに手を差し伸べてくれるのです。






【2012/12/10 01:12 】
恋愛
子育てが辛いと思う、お母さん、お父さんへ
子育てって、難しいことたくさんありますよね、

よその家庭と同じように育てているのに
どうして上手くいかないんだろう、
愛情をもって接しているはずなのに
何でこんなふうにいつもなってしまうんだろう、、

私もそんなことをずっと思いながら
子育てをしてきました。



子どものことで誰かに何かを少しでも言われたら
まるで自分を責められているように辛くて
上手くいっていない現実とのギャップで
不安で不安で押しつぶされそうになっていました。




『なんとかしなければ、この子は幸せに生きていけないのではないか』


よその子どもではなく、自分の子どもであるからこそ
親であるからこそ、そう思ってしまう。
大人になっても幸せに生きていって欲しくて
『今を何とかしなければ、、、!』
と思ってしまう。

そんな、お母さん、お父さんの気持ち
まったく同じではないかもしれないけれど
わかります。


>>>

同じような環境で、同じように子育てをしていても
思うようにいかない親子もやっぱりいるのです。

だから、なかなか上手くいかなくて
毎日毎日悩んでいるお母さん、お父さん、
どうかあまりご自分を責めたりしないで下さいね。


心にゆとりがなければ、たとえ我が子であっても
優しく接することなんて、なかなかできないですよね。

でも、
『ゆったりしなければ』
『おおらかでいなければ』
と思っても
そんなふうに思えないことだって
人間だからあると思うんです。


一人で悩んで苦しかったら
出口が見えなくて辛かったら
誰かにSOSを出してくださいね、

もしもそういう人が身近にいなかったら、
カウンセラーにいつでもSOSと言ってくださいね、


昔の人たちは、たくさんの人たちの知恵と工夫と愛情で
子育てをしてきました。
一人で子育てをしなければ、、と思わなくても大丈夫。
子はみんなの宝物。助けを求めていいのです。


いっぱいいっぱいになったあなたの心に
少しずつゆとりの隙間が空いてきたら
きっとお子さんの心も見えてきます。
今、何をしていくかが見えてきます。
そして、不思議とお子さんも変わってきます(^-^)

子どもが自分を好きでいられるように
たくさんの人たちと工夫しながら
育てていけばいいのです。
自分を好きでいられるということが
生きるための大きな力になるのです。


だから、お母さん、お父さんも
ご自分のことをそんなに責めないで。
まずはお母さん、お父さん自身の心を労わって下さいね。

一緒に子育てしていきましょう(^-^)



【2012/12/10 01:11 】
子育て
こだわりの視点から見えてくるもの
私は長いこと、事務の仕事をしてきたのですが
いろんな人たちが集まっている事務所では
毎日いろんなことが起こります。

例えばたった一枚の書類のことで
ピリピリした空気になってしまうことも
あったりするのです(^^;




・・・

法的?にはそんなに重要ではない社内書類を書き間違えたとき

『適当に二重線で消して、書き直す』
人もいれば
『修正ペンできっちり消して書き直す』

人もいます。


前者からしてみれば
『そんなことにいちいちきっちりしてたら時間がもったいない。わかりゃいいんだ、わかりゃ』
と思っちゃったりするでしょうし

後者からしてみれば
『そういうことをきっちりしとかないと、気持ちよくその後の仕事をすることができないじゃないか。
正確さ(美しさ)、スマートさが重要なんだよ』
ということなんだろうなぁ~と思います。


どちらの考えが正しくて、どちらの考えが間違っている
ということではないんですけど
お互いの『こだわり』のある場所が異なっているので

「なんだよアイツ~」

なんてことになってしまうんだと思います(^^;



人にはいろんな『こだわる視点』があることを頭の隅っこにちょこんと置いて
周りの人たちを観察してみると
憶測で相手の行動を自分と関係付けて、勝手に憤慨していたことに気づいたり
人間観察が面白くなったりするんじゃないかな。。

などと思っています(^-^)





【2012/12/10 01:09 】
人間関係
性格ってなんだろう
『性格』っていうのは玉ねぎの皮みたいな構造をしているのだそうです。


一番中心にあるのが『気質』

もって生まれた性格。

いろんなことに反応してなかなか寝ない赤ちゃんもいれば
どんなときでもぐっすり眠る赤ちゃんもいる。。
周りの環境、育て方などとは関係のないその子自身の持っているもの。


その周りにあるのが『狭義の人格』

幼少の頃に養育者の育て方によって作られた性格。

この狭義の性格は、大人になってもなかなか変わることはないそうです。
ただ、その性格を上手に活用していくことはできて
それができるのは養育者ではなく、自分自身。


その次の層にあるのが『習慣的性格』

ここが一番大切な『性格』の層で
本人の努力次第でどのようにも変えていくことができます。

「人に対する接し方の習慣」。。と言った方がわかりやすいかも。
人と肩がぶつかったとき、どんな対応をしますか?
「ばかやろう!気をつけろ!」
という人もいれば
何も言わないけどムッとする人もいるし
「ごめんなさい」
と謝る人もいる。
『人とどうかかわるか』というのが『習慣的性格』なのだそうです。


そして一番外側にあるのが『役割的性格』

時・場所・状況によって変わる性格。

堅物上司と接しているときに友達でいるときの自分で接したら
きっと上司を怒らせてしまうでしょうし、
近所のお母さんたちといるときに職場で真面目に働いているときの自分で接したら
なんだか堅物だよね。。なんて思われてしまうかもしれません(^^;

ほんとはテンションがあまりあがってないのだけど、周りの空気を考えたら明るく振舞った方が
いいよな。。というときもあるでしょうし、
ムカついてもぐっと我慢したほうがいいときだってあります。

社会に上手に適応していく為にあるのが、この『役割的性格』で
この性格があるからこそ、世の中が平和に回っていくのです。
大人になる、、というのは
この『役割的性格』を(無意識的・意識的に)上手にコントロールできているということなのです。
それができる自分を
『自分って大人だよな。カッコいいよな』
と褒めてあげて欲しいなぁと思います(^-^)



>>>


『本当の自分の性格って、、?』と思い出したときから
自分がどこにあるのかよくわからなくなってしまうことがあります。
私もかつてはそうでした(^^;


そんなとき、スーパーバイズを受けている先生に

『感情に間違いというものはないのです。あなたの感情は、あなたのものなのですから・・』
 
と言っていただいて、
自分をだんだん取り戻していくことができました。



気質も、狭義の人格も、習慣的性格も、役割的性格も
全部ひっくるめて『自分自身』

今はピンとこなくても
このことを頭の片隅にいつも置いて過ごしているうちに
ある日
『あっ、、このことなのかもしれないな。。』
と思うときがきます。

「今の自分」を受け入れたときから
『自分はちゃんとここにいる』という感覚が、また戻ってくるのだと思うのです(^-^)



【2012/12/10 01:08 】
その他
ほんとの気持ち
人の心の中には

嬉しい気持ち、悲しい気持ち
楽しい気持ち、怒っている気持ち
安心な気持ち、不安な気持ち…

いろんな気持ちが存在していて


一つの気持ちでいっぱいになっていることもあれば

いろんな気持ちが一緒くらいの大きさで
同居していることもあったりします。



「嬉しいんだか悲しいんだか、なんだかよくわかんないや」


そんな気持ちになったことのある人も
たくさんいるのではないでしょうか(^-^)




>>>



さて


どうもそんな「気持ち」には

表側に出てくるものと、裏側に隠れているものが

ときどきあったりする…らしいのです。



なぜなのかわからないけれど
いつもイライラしてしまう。
怒りをぶちまけたくなってしまう。

その怒りを鎮めようといろんなことをしてみるけれど
いつまでたってもそのイライラや怒りは
自分の心を離れない…



いつも不安で仕方がない。
不安で、恐くて、逃げてしまう。
なんだかとても苦しくて悲しい気持ち…

悲しい気持ちを癒そうと、いろんなことをやってみても
やっぱり不安は変わらない、
恐くて逃げたい自分は変われない…



そんな怒りや不安、悲しみの裏側には
もしかしたら、「他の気持ち」が隠れているのかもしれません。


出てくる気持ちをおさめよう、癒そう…としても
何度も何度もその気持ちが湧き上がってくるのは

『違う気持ちが裏に隠れているんだよ』

という、心からのメッセージなのかもしれません。




>>>


自分で自分の気持ちをわかる

誰かに自分のほんとの気持ちをわかってもらう


それだけで
ざわついていたり、悲鳴を上げていたりした心が

すっ…と楽になることもあるのです(^-^)









【2012/12/10 01:07 】
その他
会いたい人へ (2005.10月の日記より…)
会いたい人へ



 元気でいますか?
 寒くなったけれど、風邪ひいたりしていませんか。
 ご飯、ちゃんと食べているかな、、

 
 今でも時々、
 あなたにとても会いたくなるときがあります。
 
 あなたの笑顔が見たいなぁ、、
 あなたの声が聞きたいなぁ、、
 そんな風に思ったりすることがあります。

 目を瞑れば、あの頃の思い出が蘇って
 少し心が痛むけれど、、


 
 でも、
 頑張ります。
 自分で決めた道だから、前を向いて行こうと思います。

 
 あなたと出逢えて良かった。
 今もずっと、そう思っていますよ。 
 いつまでも、大切に私の心にしまっておこうと思います。 


 
 どうか、
 あなたが幸せでありますように。
 力強く、人生を歩いて行けますように。
 いつも心で応援しています。


 またいつか会える日がきたら、
 そのときは笑顔で会いましょう。

 それまで元気で、どうか元気で。




   『会いたい人』へ、

      
                              『私』より








【2012/12/10 01:06 】
恋愛
誰からも愛されたいあなたへ (2006.8月の日記より…)
誰からも好きでいて欲しくて
一生懸命にやってきたんだよね、

どうしたら皆が自分のことを受け入れてくれるか
自分なりにたくさん考えて、やってみて、
やっとたどり着いたんだよね、

手に入れた今の場所は
頑張った証でもあるんだね。。。




>>>


でも、

なんだか少し苦しそうなのは
なぜなんだろう、
不安でいっぱいの心を感じてしまうのは
どうしてなんだろう、



万人から好かれるのは至難の業。
神様でもない限り、
ううん、たとえ神様であっても
そんなことはきっとできない。


それでも、万人から受け入れられる自分像を追い求め
そのために努力し続け、
その場所を守り抜こうとすればするほど
心の中の不安は消えないのかもしれない。



『こんなものなのかもしれないな、、』

心のどこかでそう思いながら
それでも自分を好きでいられるように
少しずつやってみる、

行ったり来たりしながら
少しずつ前に進んでみる、


そんなふうに生きてみると
今よりもずっと
心が楽になれるのかもしれない。


あなたのことを心から愛してくれる人のことを
あなた自身も初めて気づき
心で感じることができるのかもしれない。










【2012/12/10 01:05 】
人間関係
あなたの人生を歩こう (2008.3.9の日記より)
子供の頃からずっと
我慢し続けてきたのですね


大人の顔色が変わることのないように
家の中がこれ以上不安定にならないように

いつもいつも心の底でそう祈りながら

自分さえ我慢していれば、自分さえいい子でいてさえすれば、
自分が家族に合わせてさえいれば・・・


自分を消して、いい子でいることが
あなたにとっての唯一の、生きていくすべだったのでしょう




でも

子供だったあなたが、代わりに抱えていた親の人生を
もうそろそろもとの持ち主へ返しませんか?

もう、親にとっての「お父さん」「お母さん」の役目から
自分を解放してあげませんか?


親の人生は親のもの。
親の人生への責任は、親自身が背負うものなのです。

親子であったとしても、人の人生を肩代わりしてあげることはできません。
心配したり、見守ったり、声をかけたり
今の自分ができる助け舟を出すことしかできないのです。


そして同じように
あなたにはあなたの人生がある。

あなたの人生はあなた自身が責任を持って
あなたが選択し、あなたが決めて、あなたの足で歩いていくものです。



子供だったあなたにはできなかったことも
大人になったあなたには、できることがたくさんあります。


今まで開けることができなかったドアを開けるのは
とても大きな勇気が必要かもしれません。

ひとりで歩き始めるのは、ものすごく怖いかもしれません。


それでも、ずっと親の人生を抱えたままでは
あなたはあなたの人生を歩きだすことができないのだとしたら



どうか勇気を持って、決断してほしいのです。


親の人生は、親へ返そう

そして今度は自分の人生を歩こう
自分で選択し、自分で決めて、自分の足で自分の人生を
責任持って歩いて行こう



あなたにはあなたの人生があります。
過去はどうであれ、ここから先は何も決まってはいません。


あなたのこれからの人生を作っていけるのは
あなたなのですから。











【2012/12/10 01:05 】
アダルトチルドレン
君はナンバーワン (2006.9月の日記より)
今日は小学校の運動会だった。

途中で雨が降ってきたりもしたけれど
子供たちや先生たち、応援の父兄の人たちの笑顔がいっぱいの
いい運動会だったなぁと思う(^-^)


>>>


たくさんの競技の中に、『徒競走』(かけっこ)がある。

普通学級の子供たちと特別支援学級の子供たちが
一緒に混じって
応援している私たちの目の前をどんどん走りすぎていく。
早い子も遅い子も、どの子も元気いっぱいで
とっても微笑ましい(^-^)


何組目かの子供たちが走り終わったころ、
スタートラインに
四肢が不自由な男の子がいた。

ヨーイドン!で一斉に走り出すけれど
足にハンディのあるその男の子と他の子たちとの差は
開いていくばかり。
観ていてなんだか自分のほうがハラハラしてしまって


大丈夫かな、
転んだりしないかな、
どんどん差がついて、辛かったりしないかな、、、

と心配しながら、
その男の子を見守っていた。


たぶん、私のように思いながら彼を見守っていた人が
他にも大勢いたんだろうなぁ、、と思う。



他の子たちが走り終えて随分たってから
その男の子がゴールに入ってきた。
ゴールには、
彼のためだけのゴールテープがひかれ
みんなが彼のゴールする瞬間を見守っていた。


ゴール。。!
みんなの拍手。
次の組の子供たちが一斉に走り出す、、、



でも、私は見た。

ゴールの瞬間、満面の笑みで
『右手の人差し指』を高々と揚げていた彼の姿を、、、



>>>



なんだか、涙があふれそうになってしまって
まいった(苦笑)

彼は、なんて素敵な子どもなんだろう、、と思った。
なんて強い子なんだろう、、と思った。
こんないい子に育ててくれたお父さん、お母さんは
どんな人なのかなぁ、、と思った。



彼の高々と揚げた右手の人差し指は、
とっても大事な、大切なことを私に教えてくれた。


自分のことを誰かと比べて幸せだとか不幸だとか、
できるとかできないとか、
そんなふうに決めてしまうなんて、愚かなことだよね、

誰と比べてどうとかじゃなくて、
自分がどれだけやれたか、どれだけベストを尽くせたか、
どれだけ自分の中で生き生きと頑張れたか、
どれだけ楽しいなぁって思えたか、

そういうことなんだよね、



こうして君のことを書いている今も、
おばちゃんは
涙があふれそうでまいっています(苦笑)

誰がなんと言おうと、
おばちゃんは思います。



『君は、ナンバーワン』 

だよ(^o^)ノ









【2012/12/10 01:04 】
日々つれづれ
答えのないもの (2009年3月の日記より)
いろんなことをよく考えるけれど
答えがすぐに出そうにないものは

なんとな~~く、ぼ~~っと
考えているようで考えていないような・・・

そんな感じにしておくことが多いです。



一生懸命考えて、唸ってみたところで
なかなかスッキリした答えが見つからないなぁ…というとき、
そのまんまにしておくと、ある日ふと答えらしきものが見つかったり
方向が見えてきたりすることがあったりします。

そもそもスッキリした答えなんて「ない」ものもあって、
自分がどこで折り合いをつけるか、
そのことに上手くつきあっていくか、
諦めて、手放せるか、
そっちのほうがずっと実現できるものであったりも
するんですよねぇ。。



ネコとか犬とかを見ていると
答えのないものについて悩んだりはしないんだろうなぁ…
とも思います。
いつも悩んでいるネコや犬・・・
見たことないもんなぁ(苦笑)




>>>


人間は前頭葉が発達している分、
考えると苦しくなるのに考えて悩んでもがいちゃうんでしょうね(^^ゞ



「頭で考えることだけが、答えを見つけることではない」


そんなふうに考えられると
もしかしたらもっと楽に生きられるのだろうか。。


そんなことをふと思った私です(^^ゞ





【2012/12/10 01:02 】
その他
思考と感情
「思考と感情の違いを述べよ」

産業カウンセラー養成講座で出された課題です。


私は○○である
私は○○でありたい
私は○○したい

という思考があったとして、
それがその人の「感情」とイコールなのか・・・というと
そうじゃないことがあったりします。


○○だと思っているのに
○○であるのに
○○しているのに

心にもやもやが残って、何か不完全燃焼な気持ちになるのは
もしかすると
「思考」と「感情」が食い違っているのかもしれません。



我が家の敷地内にはネコやキジや、いろいろな動物がやってきます。

彼らを見ていると
私たち人間のように「思考と感情が違う」・・・っていうややこしい状態は
ないんじゃないのかなぁ・・・なんて思うことがあります。


小さな子どもの頃は
きっとネコやキジや、いろいろな動物たちのように
「思考」と「感情」は同じだったのかもしれません。

少しずつ大人に向かっていくうちに
気がついたらズレていってしまうことがあるのだろうなぁ・・・と
自分のことを振り返ってみても、
いろいろな人たちを見ていても、思ったりしています。



だからといって
「思考」はダメ ということでは決してありません。
今感じている「感情」が、絶対に間違いなく現実に即したものである・・・
ということでもなかったりすることだってあります。


それに迷ったり悩んだりすること、気持ちがモヤモヤすることは
良くないことかというと、そうではなかったりもします。


もしも何かのメッセージなのだとしたら・・・
と考えてみると
浮かんでくるのはどんなことでしょうか。

そして、今の自分が変えられるものと変えられないものは
いったい何なのか
整理してみるのもいいかもしれません。



感情は意思や意志ではなかなか変えることはできませんが
こうしてみようと考えて決めることや、行動は変えられます。


環境は変えていくことができます。
環境が変わって、見えるもの、聞こえるもの、触れるものが変わってくると
心の持ちようも変わってきたりします。



○○でありたい
○○したい

という「思考」の高さとギャップがあるなぁ・・・と感じるのなら
「今はここまでを目指そう」というところを
もう少しだけ低いところに決めてみてもいいかもしれません。

etc.



そんなことをしながら、何かやっているうちに
どこかに飛び込んでみるうちに
ふとしたことで何か今までとは違ったものが見えてきたり
聞こえてきたり
感じることができたりすることだってあるのです(^-^)



モヤモヤしたなりに、悶々としているなりに
今までそれでずっときているのだとしたら
今までとは違う環境に身を置いたり行動を変えようとすることには
勇気とエネルギーがたくさん必要になるかもしれません。


カウンセリングルームは
そんなことをクライエントさんと一緒に考えたり探したり
クライエントさんのペースに沿った作戦を練ったり、
エンパワメントしていく場所でもあるのです(^-^)





【2012/12/10 01:01 】
その他
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